介護職として働き始めて5年が経った。
5年となれば、ある程度の介護技術や知識は身について、業務の流れに対しても、自分なりに効率の良さを考えて動けるようになる。
大抵の救急搬送の対応なども、前年に比べれば落ち着いてできる。
それでも、あの日は大変だった。
利用者様の状態と家族様のお願い
あの日働いていた施設には看取り対応の方がいた。
女性の方で、体は少し大きく堅いがいい。
血圧は60台、体温は34度台。
鼻カニューレをつけ、酸素を鼻から送っている状態。
点滴の影響で全身はあざだらけ。
おまけに風船のように足がぱんぱんに膨らんでいる。
本来、あそこまで死に近い状態なら、点滴を終了する方が多いのだけれど…
家族様の希望で、最期までできる限り栄養をあげてほしいとのことで行なっていた。
ご家族の気持ちはわからないわけではない。
だが、介護士としての目線で見ると、それはあまり良い選択ではないと言える。
そう言える理由は、もう、点滴を本人様が受け容れられない状態であるから。
その方の体は、死に近い状態のために、血管がもろくなっている。
そのため点滴の液が漏れ出している日々が続いている。
それでも一応は、家族の意思を汲んだ医師の判断と指示で点滴は続けている。
点滴の量を減らしたりするなどの対応が施されたが、かなり限界が近い様子。
点滴、酸素の機械、たん吸引などを利用して何とか生命を維持できている状態だ。
そんな状態であるのに関わらず、「入浴をしてあげてほしい」と家族様から要望があった。
実はこの前に「これが最後になるかもしれないから」と一度は入浴していた。
なんでまた…?
あまり詳しい経緯は知らないが、多分に家族様の要望が強かったみたいだ。
断りきれなかったらしい。
介護士も、看護師も驚きを隠せなかった。
看取り対応でここまで死期が近い方を、入浴させるなんて、普通では考えられない。
できれば安楽な姿勢で、刺激や負担をあまりかけないようにと何度も教わった。
清拭ですら、無理せずに。と、教科書に書いてあったのに。
本当にありえなさすぎて驚いた。
でも家族様の希望なのでやるしかなかった。
利用者様の入浴介護
それから、介護士2人、看護師2人。(=全員女性)
移乗のときは、むくみのせいで体重がかなり重たいので、介護士3人(1人は男性)と看護師2人の計5人でトロリー浴を行なった。
※トロリーとは
ベッドのように寝ながらでもご入浴できるような台のこと。
部屋の作りの関係上、トロリーを中に入れて通常のベッドからトロリーへの移乗介助ができないため、まず、車椅子に移ってもらった。
そして、車椅子からトロリーに移るのだが、これがかなり大変だった。
ここの施設のトロリーは故障していて中途半端に高さが上がっていて、昇降式なのにも関わらず、操作が利かない。
車椅子の座面よりトロリーが高いので、低い所から高い所への移乗になる。
これは介助者にとって、腰痛リスクが高くなるため、してはいけないのだが、仕方なかった。
5人で何とか平行移動でトロリーへ移乗した。
もうこれだけで疲れる。
利用者様も疲労困憊状態であった。
入浴を開始する前に、陰部からは不正出血が見られ、一気に緊張感が増した。
どうか無事に終わりますようにって何度もお願いした。
そして、入浴を開始するが、すぐにピーピーと酸素の機械が鳴り響く。
これは「呼吸停止状態」を知らせる音だ。
本人が呼吸していない。できていない。
その中で髪を洗ったり、体を洗ったりしなければいけない。
看護師がついていたから、少々安心はしていたが、いざそんな状態になると大きな緊張感と恐怖感が増す。
看護師が必死に「◯◯さん!呼吸して!!」 と強く呼びかける。
何回か声をかけて、意識を取り戻し、呼吸してくれる。
その間に傷つかないように、優しく最速で洗う。
でもすぐに呼吸が停止する。
目も白目剥きかけている。
まさに「命懸けの入浴」。
こんな入浴対応、初めてだった。
何とか耐えてくださった
利用者様の生命力は本当にすごい。
だけど、辛かっただろうな。
また、大変なのは気をつけて体を洗わなければいけないこと。
お腹、両太ももの内側に、点滴の影響で傷ができてしまっている。
看護師にそこを保護してもらいながら洗うけれど、スピードも重視されるため、難しかった。
入浴後、着替えるが、この方は拘縮が強いので、これまた大変。
しかもお洋服も伸びが良いのではないので、腕を通すのも一苦労。
「ごめんなさいね。痛いよね。ごめんなさい」
肘でつっかかり、なかなか抜けない。
利用者様は疲れ切っていたが、痛そうな顔はしていた。
何度心で謝っただろう。
自分たちが悪いわけではないけれど、何だか謝りたかった。
それだけ辛そうだったから。
まとめ
あの日の入浴は身体的にも辛かったが、なんだか精神的にもかなり辛かった。
いけないことをしている、そんな感覚。
そんなこんなで終わった命懸けの入浴。
本当に大変だった。
何よりも利用者様本人が、辛そうで悲しかった。
もしも、家族様に言えたなら「死期の近い人にとっての安楽」を難しく考えなくて良い。
その「してあげたい気持ち」は十分にわかる。
だけど、それは果たして、その大事な人に「寄り添えている」と言えているのだろうか。
どうか優しく見守るということも忘れないで。
もっとしてあげたい気持ちは時には相手を苦しめることにもなり得る。
本人様としては、家族様がそばにいるだけで十分安心で幸せなのだから。
それをどうか理解してほしい。
これが、看取りケアパートナーの、私から伝えられる唯一のアドバイスです。
著者
ハンドルネーム:ふぁー
出身:北海道
学歴:専門学校卒業
職歴:介護職、ホテルの清掃員
趣味:彼氏と一緒に旅行
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