「2018年」
浮気、不倫、略奪愛、略奪婚…
そんな言葉を聞くのはいつもテレビやネットのニュースの中。コメンテーターは全員揃って不倫した人を批判して、その芸能人はテレビから姿を消す。
不倫は悪。
そんな共通認識を私も持っていました。
大学2年生の冬までは。
当時の私は都内の女子大に通う、地味な女子大生。英文学科を専攻していました。
パン屋でバイトをしながら、勉学もほどほどに励む、お硬く真面目そうな女子に見られていたと思います。そんな平凡な毎日を送る中、課題の参考文献として一冊の本を読むことになります。
それは、『チャタレイ夫人の恋人』でした。
簡単にあらすじを説明すると、身分の高い夫人が、使用人として働く男性と駆け落ちをする物語で、なんの不自由のない生活や身分、世間体を犠牲にしてまでも、夫人はその男性の元へ行きました。
愛が全てという考え方、多くのものを犠牲にした分強まる2人の愛、2人だけの世界。
なんの不自由もなく暮らしていたものの、付き合う友達を親に選別されていたりと何かと制限がある自分の人生につまらなさを感じていた私にとって、衝撃的な内容でした。
この本と出会い、平凡ではない刺激的な恋愛、周りから理解されずとも2人だけの世界を育める、そんな恋愛に憧れを抱くようになったのです。
その日から不倫のニュースをテレビで見ても、その芸能人に対して憧れをひっそり持つようになりました。
『チャタレイ夫人の恋人』を読んだことで、私の価値観は180℃変わったのです。
「2021年 春」
そんな私は就職活動を経て、大学を卒業し、社会人となりました。
新入社員の3ヶ月の研修期間を終え、配属先が決まる時期でした。私は全国転勤の総合職だったので、希望の勤務地を書く必要がありました。
悩みに悩みました。
友達が東京にいたこと、両親が関東を希望していたこと。
もし、自分が関東配属になったら、どういう人生を歩むのか簡単に想像できました。
数年は実家から通い、彼氏と結婚することになったら家を出て、子供を産んで、実家に顔を出しながら老いていく両親の面倒を見て。
はあ。
つまらない。心底つまらない。
なんの新鮮味もない。
私はもっと刺激が欲しかった。自分が自分の人生の主役っていう感覚をもっと感じたい。
母親の反対を押し切って何のために全国転勤の職種を選んだの。人生一度きりなんだから、後悔しないように生きようよ。
両親からの干渉がない好きな場所に住んで、好きな人と出会って、やりたい放題生きてみようよ。
月曜日。上司から渡された配属先通知。
自分の名前の下には、こう書かれていました。
配属先 北海道支社
「2021年 冬」
北海道に来てから初めての冬。
一人暮らしにも仕事にも慣れてきて、自由な暮らしを謳歌していました。
家具をFrancfrancで揃えたり、脱毛をしたり、北海道でできた友達と旅行に行ったり。
新鮮で楽しい毎日を送っていました。
いつもの時間に出勤すると、フロアの一部に人だかりができていました。
中心には会ったことがない人。反対の方を向いていて、後ろ姿しか見えない。
「おはようございます。先輩、あの人だかり、何ですか?」
「おはよう。ああ、本社からうちに異動してきた高田さん。元々北海道の人だから、戻ってきたって感じかな。」
「あぁ。そういえば辞令、出てましたね。」
「うん。部署違うけど、挨拶でもしてくれば?このフロアで1番お前が新人だからな。ちょっと強面だけど、話すとそうでもないよ」
「わかりました」
とは言っても、絶えない人だかり。
カバンを置いたり、パソコンを開いたり、少し経っても収まる気がしない。
随分みんなから信頼されてるんだな。
グスグスしている中、始業時間のベルが鳴り、それぞれの席について仕事に没入し始めた。
「高田さんは元ヤンキー高卒上がりなのに仕事できて社交的だからな。吉野みたいな高学歴の地味で大人しい女とは合わないんじゃないか?」
「先輩。だから加賀さんにフラれるんですよ」
「うるせえ、まだフラれてねえよ」
加賀さんは、うちのアイドル社員。
わたしより一つ上で、明るい茶髪のロング、マツエクはバチバチで、ムチっとした体のラインがでるスーツを着こなし、程よくエロい噂も聞こえてくる。
朝のあの人だかりの中でも、高田さんの一番近くにいたのは加賀さんだった。
ウェブ会議で画面にうつる自分を見ると、加賀さんとは対照的だ。一応女らしさを出そうとして黒髪のハーフアップをしているものの、化粧も薄くて、スーツはいつも紺か黒。
加賀さんとよく比較されて、お前もっと愛嬌を振りまけよと言われることも多々あり。
仕方ない。私はこの人って人じゃないと愛嬌を振りまけないし、このフロアにはいないから。なんていつも言い訳している。
昼休みのチャイムが鳴った。
「あー、つかれたー。吉野、お前昼どうするの?」
「お弁当持ってきました」
「かーーー、節約家だな。社食ぼっちは寂しいから付いてこいよ。」
「え。いやです」
「コンビニでなんかアイス買ってやるからさー」
「わかりました」
「はあ。まあ良いけどさ」
この先輩は、わたしの二つ上の岡崎さん。
変なパーマをかけていて、ネクタイも変な柄のばかりだけど、本人はオシャレだと思ってる。
口は多少悪いけど、わたしの塩対応にも付き合ってくれる優しい先輩。
「お前の弁当毎回美味しそうだよなー」
「そうですか?レンジで温めてきます」
「おう」
別にたいしたもの作ってないけどな。
焼き鮭、卵焼き、きんぴらごぼうとミニトマト。全くキラキラしてない。
加賀さんはきっとハンバーグとか、唐揚げとか手が混んでるのを作ってるのかな。
「こんにちは」
知らない声の挨拶が響く。
この空間にいるのはわたしだけ。ということは私に対してか。
「お疲れ様で、す」
振り返ると、そこにいたのは高田さん。
初めて顔をちゃんと見た。
外国人とのハーフかのような顔の彫りが深くて整ってる。でもどこか、高卒で入社したのがわかるような、粗っぽい部分が残った雰囲気をしていた。
私の名札に目線がうつる。
「吉野さん、っていうんだね。初めまして。」
「はい。今年入社してきました。吉野です。」
「朝からずっと気になってたんだよね。挨拶できてよかった、よろしくね」
「よろしくお願いします」
そういうと、高田さんはカップラーメンのお湯を注いで、どこかに行ってしまった。
温め終わった弁当を持って席に戻る。
「え?吉野、顔めっちゃ赤いぞ。お前自分もレンジで温めたんじゃねーだろーなー、はは」
わたしの顔はゆでだこのように赤くなっていた。
続く
著者
ハンドルネーム:ルフォー
出身:埼玉
学歴:大学卒業
職歴:製造業
趣味:読書、料理
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